連載(31) 化学物質(1)

2011/07/15Intertek News(33号)

環境主任審査員 郷古 宣昭 Nobuaki Goko

 19世紀の終わりから合成化学が生まれ、化学工業が活発になり、20世紀には化学品は多様な分野に利用されるようになり、人類の福祉と豊かさに大きく貢献してきました。しかしながら、一方では水俣病などの公害問題や地球規模の生態系の破壊をもたらしました。私たちはこれらの化学品の環境への影響を正しく評価し、管理していく必要があります。今回から数回にわたって化学物質の管理について考えてみることとします。折から福島第一原発の事故の報道が頻繁に飛び交っていますが、よく考えると原発から漏れ出た放射性物質は環境汚染をもたらす紛れもない化学物質であることに気付かされます。まずは放射性物質の汚染について概説します。

放射線と放射能/汚染した野菜
 放射線とは目に見えない粒子やエネルギーが自由に飛び回るようになったものであり、紫外線や赤外線、X線、α線、β線、γ線、中性子線等です。放射能とは放射性原子が放射線を放出する能力または強さを言い、その強さは原子核に固有の値(半減期)によっても表わされます。(表1)
 放射性原子が毎秒1個の放射線を放出するときこれを1ベクレル(Bq)と言い、この数値こそが放射能です。これに対し、放射線量として1kgの物質中に1ジュール(J)のエネルギーが吸収された放射線量を1グレイ(Gy)と言います。そして人体が放射線を被曝した場合の生物学的影響を考慮した危険度目安としてシーベルト(Sv)が定義されています。私たちは宇宙線、大地、食物等からの自然放射線及びX線透視等の医療検査から年間合計3~4mSvの放射線を浴びているそうです。

 国際放射線防護委員会(ICRP)は広島・長崎の原爆被曝の研究を含めた疫学データから直接被曝で200mSv以下では健康への影響はないことから安全基準として作業員らに年間100mSv、一般人に年間1mSvを提示しています。

 福島第一原発の事故で政府が決めた暫定基準はほうれん草が2000Bq/kg、牛乳・飲料水が300Bq/kgでした。これは被曝データからほうれん草なら毎日200g欠かさず食べると仮定して年間100mSvの被爆線量から逆算して求めた放射性ヨウ素の量に相当します。この数値が妥当な数値なのか議論の余地があります。

 食品汚染の場合は放射性物質は体内に取り込まれ、大部分が体外に代謝排出されるでしょうが、一部は特定の部位に沈着或いは蓄積され、放射線を体内で放射し続けます。これを「内部被曝」と呼び、少量の被曝でも10年~20年を経て発症するがんや白血病などの晩発性障害との関連が疑われています。また、発がん性についてはある値以下なら影響なしとする基準(いき値、無影響量)を設けること自体が間違っているとするのが今日の毒性学の潮流です。

 国際放射線防護委員会(ICRP)は基本的には「体内被曝」は「体外被曝」と同一視しており、発がん性については「いき値」の存在に関しては直接言及していませんが「全ての放射線被曝は合理的に達成できる限り低く保つ」よう勧告しています。政府の「暫定基準」や「直ちに影響の出る量ではない」とする発表はICRPの考え方を反映したものと考えられます。

 私たちは汚染された野菜を毎日食べ続けることはないでしょうから、暫定基準を若干超える程度の野菜を数日、数週間食べたところで健康に影響があるとは思われません。但し、汚染地域で生活する人にとってかなり深刻な問題であり、食物だけでなく、土壌、地下水からの内部被曝、それも半減期の長い放射性物質について警戒する必要があります。ICRPは「原子力の持つ社会的便益(ベネフィット)のためには出来る限り低い線量に被曝を抑えることにより、被曝リスクを容認する」立場に立っています。容認するのか、しないのか、今、一人一人が問われているのです。

 次回は主要な化学物質の有害性とリスクアセスメントについて解説します。

 尚、今回は福島第一原発の事故に絡んで放射線と放射能、許容量について解説しました。今回の福島第一原発の事故は、①リスク評価のあり方、②緊急事態への準備及び対応について重要な示唆を与えてくれています。本稿の趣旨から外れるため説明は省きますが、設計段階で「過去に実績がない」「想定外」として、起こりうる可能性を考えることを怠ったこと、及び電源を失った為に全てがお手上げになるような不完全な緊急事態対応システムしか準備されていなかったことが問題です。

 ISO14001を運用している組織は、少なくとも「想定が及ばず評価対象から外れたリスクはないか」及び「あらゆる事態を想定して準備しているか」の2点について早急の見直しが必要と考えます。