連載(33) 化学物質(3)

2012/01/16Intertek News(35号)

環境主任審査員 郷古 宣昭 Nobuaki Goko

 今回は「ダイオキシン」と「環境ホルモン」について解説します。
 ダイオキシンと環境ホルモンはその毒性の強さゆえに市民にパニックを与えたことで共通しています。事実はどうなのか簡単に解説します。

◇ ダイオキシン

1. ダイオキシンとは
 「ダイオキシン類対策特別措置法」では本来のダイオキシンであるポリ塩素化ジベンゾパラジオキシン75種とポリ塩素化ジベンゾフラン135種、類似物質コプラナーPCB十数種を加えたものを「ダイオキシン類」と定義しています。これらの化合物のうち、毒性があると認められるのは約30種類でその強さは最強の1に対して10万分の1まで広く分布しています。そのため、発生量・排出量は最強物質を1とした毒性強度を乗じたものを(通常17種)足し合わせた値を「毒性等量(TEQ)」として表わします。

2. ダイオキシンの毒性
 ダイオキシンの毒性については、急性毒性の他に催奇形性、発がん性、免疫毒性、生殖毒性、内分泌攪乱性などが報告されています。特に1994-1998年にかけてパニックと言ってよいほどのダイオキシン旋風が吹き荒れ、メディアがそれを煽りました。例えば、「サリンの2倍の猛毒」「塩素系樹脂の燃焼で発生する」「廃棄物燃焼炉付近で新生児死亡率が高い」などです。
 当時は小型の古い焼却炉が多く、日本の大気中ダイオキシン濃度は欧米のそれより高かったことは確かで、それが雨に混って田畑を汚し、海に流れ、魚貝類に蓄積し、それを食べた母親たちの母乳への蓄積が心配されました。実際「母乳を新生児に与えるべきかどうか」真剣な議論がありました。また、特にダイオキシンの印象を悪くしたのはベトナム戦争で米軍が大量に散布した枯葉剤で、ベト君・ドク君のような先天性障害児が多数生まれているという報道でした。

3. セベソ事件と「猛毒性」への疑問
 1976年にイタリアのセベソでは農薬工場のトラブルでダイオキシンそのものが空から降ってくる事件が発生しました。ほぼ3万人が被曝したと推定されていますが、約150人のクロルアクネ(塩素ニキビ)を発症した程度で、重篤な事態に至ったという報告はありませんでした。そもそも、ダイオキシンの毒性については、その根拠となる動物実験のデータにバラツキがあり、その幅は8000倍にも及んでいます。前記特別措置法の厳しい規制値は最も厳しい実験結果を採用し、高い安全率を掛けたものと思われます。

4. 焼却炉主犯説の崩壊
 当時、ダイオキシンの85%は焼却炉から発生しているとしていましたが、その後、横浜国大の中西先生らの膨大な分析調査から、かつて使用していた水田用の農薬にダイオキシンが含有していたこと、それによる土壌への蓄積残留は焼却炉に由来する量の少なくとも10倍はあることが判明しました。また、母乳中のダイオキシン濃度は25年間で半減していることが大阪府の保存サンプルの分析で明らかになりました。さらに、別グループのベトナムでの調査からは枯葉剤と先天性障害発生率との関係は示されませんでした。
 しかしながら、これらの科学的知見は省みられることなく、「ダイオキシン類対策特別措置法」は予定通り成立しました。そして、日本では、高性能の焼却炉が続々建設され、多くの分析機関が誕生しました。

◇ 環境ホルモン

 正式には「外因性内分泌攪乱物質」と言います。環境に残留する化学物質が動物の体内に取り込まれ、あたかもホルモンのように作用する、というものです。動物生態学者シーア・コルボーンが世界各地で起こっている野生の鳥類・動物類の生態異常を調査して、共通の原因として「内分泌攪乱作用が推定される、やがて人間にも及ぶかもしれない」として警鐘を発したものです。これも、メディアによって煽られた点でダイオキシンの状況とよく似ていますが、人々の関心が薄れ、今は終息しています。長期的に注視していくべき問題と思います。

 次回は、東日本大震災後1年のタイミングになりますので、環境マネジメントシステムに関連して何が変わり、何を変えていかねばならないか考えてみたいと思います。