連載(34) 3.11 大震災に思う
2012/04/16Intertek News(36号)
環境主任審査員 郷古 宣昭 Nobuaki Goko
1年前の3月11日に東日本を襲った大震災、これに続く福島で起きた原発事故は世界中に大きな衝撃を与えました。これ迄の考えを修正しなければならないことも少なくないと思います。3.11は紛れもない環境問題であり、このコラムの担当者としてもこれまでの論評の見直しが必要と考えています。今回は紙面の都合で項目とその「さわり」の部分だけを紹介することとします。
1. リスク評価について
改めてリスク評価の方法を調べてみると、目的にあわせて様々な評価方法があることに気付きます。環境マネジメントシステムやOHSASの運用でよく使用される「可能性」と「重大性」の論理積は必ずしも一般的ではなく、これによって決定した優先順位に客観的な正当性を与えるものではありません。リスクアセスメントの基本は危険源を正確に予測し、認識することであって、評価方法は組織のリスク管理の考え方にあわせて決められるべきです。
リスク学会は激甚災害のリスクに対しては、可能性がゼロにならない限り、対策は採るべきであるとしています。首都圏の直下型地震の発生確率は「4年以内に70%」と発表されました。保有する劇毒物、有害薬品、危険物に対する備えは十分でしょうか、原材料、物流が断たれた場合の対応、そして復旧へのシナリオは確立しているのでしょうか、今一度見直す必要があると思います。
2. 放射線汚染について
放射線の被曝基準は国際放射線防護委員会(ICRP)がICRP勧告として、職業人について50mSv/年、一般人については1mSv/年と定めていますが、今回の原発事故では作業員の被曝量は250mSv/年に引き上げられました。
福島の子どもの被曝基準も一時20mSv/年まで上げられたものの、現在は1mSv/年を越えないよう基準が運用されています。この「基準値」なるもの、安全を保証するがごとく取り扱われていますが、以下に示すとおり、必ずしも安全を意味していないので留意する必要があります。
- ①がんなど晩発性の障害には無影響量(しきい値)、すなわちこれ以下なら安全という限界は存在しません。
- ②ICRPは放射線物質が体内に取り込まれて、特定部位に留まって、常時放射線を出し続ける「内部被曝」について、データが少ないことを理由に「外部被曝」と影響は同じとしています。
- ③放射線はDNAに損傷を与えるので、細胞増殖が活発な幼児に対して特に影響が大きいことが知られているが、その危険度をどの程度見込むのか不明です。
- ④放射線はアルファ線、ベータ線、ガンマ線、中性子線があり、その影響は一様ではなく、特に内部被曝では外部被曝で問題にならなかったアルファ線や中性子線も大きな破壊力を持つ可能性があります。また、低線量被曝の影響はがん発生のみならず、免疫不全や心臓疾患への影響も疑われており、不確実な点が多いようです。これらを一緒くたにして「○○ベクレル以下だから」で片付けて良いはずはありません。
一方、発がん性ですが、有意な差があるとするのは、1~10万人に一人発症する程度の確率を言いますので、被災地から遠く離れて生活している人にとってはたばこや自動車の排ガスによるリスクと比べて取り立てて心配は要らないかもしれません。問題にすべきは、被災地に住む子どもたちです。
3. その他の見直しを要する問題
- 3.1 エネルギー問題:原発の危険性と高コスト体質が明らかになった以上、見直しは必須でしょう。ここ2~3年で利用可能になったシェールガス革命も考慮すべきでしょう。
- 3.2 被災地復興における企業の役割:企業の社会的責任(CSR)の新しい概念を理解し、政府の能力を補完し、地域とのパートナーシップを実践することが求められるでしょう。
- 3.3 新しい文明の創造:「絆」を軸とした明日の生命を育む社会は可能か、この際、じっくり考えたいと思います。