連載(41) 農産物の残留農薬

2014/01/15Intertek News(43号)

環境主任審査員 郷古 宣昭 Nobuaki Goko

3.11震災やCSR特集で中断していた「化学物質の環境」シリーズを再開します。今回は「農産物の残留農薬」について考えてみます。

1.農薬の残存基準はどのように決めるか

 動物を用いた急性毒性試験や慢性毒性試験、発ガン性試験、催奇形性試験等で毒性が認められなかった投与量を「無毒性量(NOAEL)」とし、[mg/kg体重/日]で表わします。この毒性量から人間が生涯に亘って毎日摂取しても健康に及ぼさない「1日摂取許容量(ADI)」を以下のように決めます。

 1日摂取許容量(ADI)=無毒性量(NOAEL)×  1 100
 ※ 1 100 は実験動物と人間との差と個人差を 加味した安全係数です。

 私たちは様々な野菜や穀物、果物を食べていますが、その食べ方はその国の食文化に左右されるので、それらを加味して残留基準が定められます。日本は「食の安全」の立場から厳しい基準を設定していますが、米国などは農産物事業コストを考慮してかなり緩い規制となっています。国際規格(コーデックス規格)も制定されていますが、各国はそれぞれの食文化の違いを勘案して国際規格より厳しい独自の基準を採用することを認めています。そして、各国が自国の基準に基づいて「検疫」し、基準を超える農産物の流入を水際で阻止することが可能です。しかしながら、米国はこの基準の違いが貿易の障壁になっていると主張しています。TPP交渉の中では国際規格に統一することを要求するでしょう。

2.ポストハーベスト農薬

 農作物を収穫した後に、防カビ、防虫、消毒、発芽抑制のために使用する薬剤です。農作物を輸出用にバルクで保管・輸送する際には欠かせません。一世代前の有毒な有機リン化合物が使用されていて、収穫後の農作物に直接噴霧、或いは浸漬により意図的な農薬付着がなされています。
 ポストハーベスト農作物は日本では禁止されており、海外からの流入も検疫システムで阻止していました。ところが、1993年に米国から輸入したレモンに日本では禁止されていた農薬が発見されました。これを機に、米国の圧力に押されてポストハーベストを「食品添加剤」として容認することとなり、ポストハーベスト農作物の禁止は事実上反古になりました。それでも、米国は「添加剤扱い」には表示義務を伴うことで強い不満をもっています。TPP交渉の中ではポストハーベストの正式容認を求めてくるでしょう。

3.食品添加物、遺伝子組換え食品

 日本で認めている食品添加物は約800種あり、米国は既存添加剤をほぼ全種認めているので約3000種あります。米国は、米国が認定している添加剤全てを容認するよう求めてくるかもしれません。遺伝子組換え食品については、日本は安全性審査を終了した品目は安全であるという立場をとっていますが、消費者の関心が高いために、含有/不含有表示を認めています。米国はこの表示制度が公正な競争の妨げになっているとして、撤廃を要求しています。
 以上、残留農薬問題から食の安全にも触れましたが、これは10数年来の問題であり、特にここ数年は米国を中心に農産物輸出国からの圧力が強まっており、日本が必死に抵抗している状況です。本稿では、日本のTPP参加により一挙に崩壊する可能性があることを述べました。TPP参加の功罪を議論する意図はありません。

 次回は化学物質の管理として、「予防原則」を取り上げます。