連載(43) 予防原則(2)

2014/07/15Intertek News(45号)

環境主任審査員 郷古 宣昭 Nobuaki Goko

 前回は「予防原則」の考え方を概説しました。今回は「予防原則」を適用すべき事例として、重要な課題である電磁波問題を解説します。
「電磁波」とは電気の流れにより発生する「電場」と「磁場」が互いに絡み合いながら進む電気の流れを言います。

 高圧送電線による低周波の電磁波障害に対する懸念は古くからあり、1992年には、スウェーデンにおける高圧送電線の近くの居住者に対する大規模な調査で、小児白血病の発症リスクが2ミリガウスで2.7倍、3ミリガウスで3.8倍になることが報告されています。これを受けてIARC(国際がん研究機関)は低周波電磁波の発がん性リスクについて、疫学研究の結果から「限定的な証拠がある」として1(発がん性あり)、2A(おそらくあり)、2B(可能性がある)、3(分類できない)、4(なし)の5段階評価のうちの2Bと決定しました。また、WHO(世界保健機構)は2007年に「低周波電磁波の環境保健基準」を策定し、この中で予防原則に基づいて①変電所・送電線付近の電磁波測定、②曝露量を低減する設計と対策、③住民への情報開示と住民との対話を奨めています。その後、スウェーデンでは住居から150m以内の送電線設置を禁止する法律を制定しました。
 一方、携帯電話やスマートフォンの爆発的な普及で高周波領域での電磁波障害が問題になり、脳腫瘍と携帯電話の関係についての国際共同研究が1998年からIARCの指揮下で行われました。その結果は2011年に報告され、累積1640時間以上の長時間使用者群について明確な差が生じ、動物実験でもそれを裏付ける結果となり、低周波領域と同様に2Bと判定されました。その後、WHOは「高周波電磁波環境保健基準」を作成中ですが、その発表を待つことなく欧州のいくつかの国では7歳未満の子供の携帯電話の使用を禁止する法律や、販売店にタバコ並みの有害性表示や発生する電磁波のエネルギーレベルの表示を義務付ける法律を制定しています。また、中継基地周辺の住民による基地局撤去を求める訴訟も起きていて、予防原則を理由に住民側の勝訴に至った判例もあるそうです。

 また、さまざまな電化製品が家庭内に普及するにつれ、電磁波による危害リスクが高くなっていることに留意する必要があります。その中で、強い電磁波を出すのは①IH(インダクション・ヒーター)調理器、②電子レンジ、③電気毛布です。IH調理器は意図的に磁力線を発生させ、鍋底に渦電流を生じさせて加熱する方式なので電磁波が強いのも当然でしょう。電磁波の漏れは極力抑えるよう設計はされているでしょうが、調理器の性質上使用中には離れることは出来ません。妊婦は使用を控えることが望ましいと思います。電子レンジについてはガラス面に張った遮蔽フィルムは劣化すると漏れ量が増加する恐れがあること、待機中でも電磁波が発生していることを知るべきであり、予防措置として不使用時にはコンセントを抜くことや、使用時は1m以上離れることを心がけましょう。電気毛布は発生源と体が密着していること、曝露時間が長いことが問題ですので妊婦や幼児には使用を避けることが望ましいでしょう。

 日本では電磁波問題に限らず、被害が明確になってから規制するケースが多く、予防原則に消極的と言わざるを得ません。私達はこのことを認識し、積極的に情報を探り、たとえ科学的な実証が不十分であっても人の生命、健康、自然環境に対して危害を与える可能性が予想される限り、対策を講ずることが重要と考えます。

 尚、今回予定していましたテーマ(COP19ワルシャワ会議)は、別の機会に取り上げます。