連載(52) 統合報告書とは何か

2016/10/17Intertek News(54号)

環境主任審査員 郷古 宣昭 Nobuaki Goko

1. 統合報告書とは何か

 近年、世界の機関投資家の行動がESG(環境、社会、企業統治)に取り組む企業に向けられ、企業の価値創造に積極的に関与するようになったことを述べました。この動きの少し前、2013年12月に国際統合報告評議会(IIRC)が財務/非財務報告における統合思考を促す「国際統合報告のフレームワーク」を発表しました。
 株主総会で財務報告の他に環境活動報告を行うことは欧州では10数年前から行われていましたが、多くの場合、付属書として添付するに留まっていました。その後、リーマンショック等、企業や投資家の短期的利益追求による悪影響や急速な人口増加と資源の枯渇、環境破壊等、企業を取り巻く状態が大きく変化したことを背景に、企業の社会的責任が論じられるようになり、企業の目的・理念も「利益追求」から「価値創造」に変わり、さらには、「企業は社会の公器である」として社会問題解決の一定の役割も求められるようになりました。非財務報告は「価値創造」や「社会的責任」の報告であり、このフレームワークでは要所での財務報告との関係付けを含む統合された報告書を要求しています。

2. 統合報告書に記載される8つの要素
⑴ 組織の概要と外部環境
組織の目標(ビジョン)と使命(ミッション)。組織の内部状況と変化する外部の社会的、経済的、政治的状況。
⑵ 企業統治(ガバナンス)
企業の意思決定、合意システム。経営に携わる者の性別、能力、経験の多様性、スキルやモニタリングシステム。
⑶ ビジネスモデル
投入された資源が事業活動を通じて意図した成果(アウトカム)を生み出す為の方策。組織の価値創造能力の源泉に触れることになる。
⑷ リスクと機会
組織の価値創造能力に影響を与えるリスクと機会を決定し、管理するための戦略を含む。
⑸ 戦略と資源配分
長期、中期、短期の目標設定と資源配分。
⑹ 実績(パフォーマンス)
財務実績だけでなく、戦略目標の達成度も含む。重要パフォーマンス指標は財務指標と非財務指標とを結合して開示されること。
⑺ 見通し
戦略を実行する際に直面する外部環境の変化や組織への影響度、起こり得る危機的な局面及び対策。
⑻ 作成と開示の基礎
重要性決定のプロセスや報告境界の記述等。
3. ISOマネジメントシステム規格(ISO-MSS)との類似性

 ここまで説明が進むと、現在私たちが直面しているISO14001:2015などの改訂ISO-MSSの根幹をなす部分(附属書SL)で求められる組織の目的(purpose)、外部・内部の課題、リスク及び機会への取組み、戦略目標の決定等とよく似ていることに気づかされます。さらには、国際統合報告フレームワークには組織の価値創造は利害関係者との関係を通して創出されるとしています。また、ISO-MSSでもそれぞれのマネジメントシステムの要求事項を組織の事業プロセスに統合することを求めています。
 ISOの作成過程で統合報告フレームワークを意識したかどうかは不明ですが、企業の社会的責任や目標・理念が見直される大きな潮流の中では両者の一致はごく自然なことであるように思われます。逆に言うと、附属書SLは品質、環境、労働安全衛生等のマネジメントシステムの単なる共通項目という理解では不十分で、企業の「社会的責任」や「価値創造」が背景にあることを意識する必要があると思います。
 2013年4月に、一定規模以上の事業者に対して「統合報告」の作成を求めるEU指令が発令されました。近い将来、EU各国の法令の中に反映されることになり、その影響は少なくないと思います。

 次回は、最近ESGテーマとして多くの企業が関心を持っている「SDGs(持続可能な開発目標)」について解説する予定です。