連載(70) 新型コロナウイルス危機(その3:グリーンリカバリー)

2021/05/06Intertek News(72号)

環境主任審査員 郷古 宣昭 Nobuaki Goko

 2020年11月に予定していた気候変動枠組条約締約国会議(COP26)は、ウイルス感染拡大の影響で1年後に延期されました。この会議では2020年から始まっているパリ協定の実施に当り、各参加国の温室効果ガス(GHG)の排出目標の引き上げとその計画の討議を予定していましたので、会議の延期による全体取組みの遅れが懸念されていました。

「グリーンリカバリー」の提案

 2020年4月、国連のグテーレス事務総長から「危機に対して異常に脆弱なウイルス感染前の社会に戻ることはできない。より良い世界を構築する必要がある」とのメッセージが発せられました。これは経済停滞からの回復を気候変動への取組みと共に進めて、ウイルス感染や気候変動に対して強靭な社会に構造改善することを意味します。これを「グリーンリカバリー」と称し、パリ協定の引き上げ目標も含めるようになりました。

⑴ EUのグリーンリカバリー

 ウイルス感染前に作成した「欧州グリーンディール」をベースに欧州復興計画が2020年4月に策定されました。

  • ・2030年のGHGの排出を55%削減、2050年排出ゼロを目指す
  • ・復興基金7500億€(95兆円)を投じ、37%を気候変動対策へ充当
  • ・「国境炭素調整措置」を導入し、資金源として活用する
    これは輸入品の製造過程で排出されるCO2量に対応する課税で、脱炭素社会形成の手段となると言われています。

⑵ 米国のグリーンリカバリー

 バイデン大統領の就任日に、トランプが離脱したパリ協定への復帰を決定しました。復興政策は選挙公約の中に明示されています。

  • ・2035年迄に発電所からのGHGの排出をゼロ、2050年全分野でゼロを目指す
  • ・復興予算4年間で2兆$(210兆円)を投じ、電気自動車用の充電施設50万か所、住宅の改修工事200万戸等を実施
  • 環境正義の実施
    環境正義とは、人種・出身国・貧富に関わらず、公正な環境で暮らせることで、環境汚染地域に追いやられる社会的弱者の救済・支援を実施することを意味します。

⑶ 中国のグリーンリカバリー

 これ迄の途上国主張を転換して環境先進国としての立場を鮮明にしています。

  • ・2030年迄にCO2排出を増加から減少に転じ、2060年排出ゼロを目指す
    石炭炊き小型ボイラーの廃止による健康と青空回復運動を含む
  • ・9.2兆元(150兆円)を投じて電気自動車の普及と充電施設の拡充等を実施

⑷ 韓国のグリーンリカバリー

 「韓国版ニューディール」をベースに以下の計画を発表しています。

  • ・2030年にGHG排出37%削減、2050年実質ゼロを目指す
  • ・160兆ウォン(14兆円)を投じ、都市林造成・再エネ基盤整備等

日本の対応

 2020年10月に行われた菅首相の所信表明で、2050年GHG排出ゼロを宣言しました。遅まきながら日本政府がパリ協定実現に一歩踏み出しました。2030年目標や2050年迄の詳細計画はこれからです。また、復興計画はウイルス感染で明らかになったデジタル社会の遅れや医療・看護部門の脆弱さは再構築が必要であり、グリーンリカバリーの実行には、科学・社会・経済の変革が必要です。

 次回は新型コロナ以後の社会の改善の担い手について述べる予定です。