連載(75)ビジネスと人権

2022/07/25Intertek News(77号)

環境主任審査員 郷古 宣昭 Nobuaki Goko

 近年、特にコロナ感染拡大以後、事業活動における人権配慮が強く求められるようになりました。『人権』とは何か、いかに取り組むのか、それを知る手がかりとして最近の動向を紹介します。

「国連憲章」と「世界人権宣言」

 「国際連合憲章」は第2次大戦の惨禍から将来世代を救い、基本的人権と人間の尊厳及び価値と男女及び国家間の同権の信念を確認する重要規定として1945年に策定されました。これが1948年の「世界人権宣言」に展開され、「人間は生まれながら自由であり、かつ尊厳と権利について平等である」とされ、人種・性別・言語・宗教による差別のない全ての者の人権と基本的自由を普遍的に尊重し、順守することが国連参加国の責任になりました。
 その後、この宣言に基づく2つの規約と2つの選択議定書からなる「国際人権規約」が採択され、日本は、結社の自由・移動の自由・参政権等を含む「自由権規約」と、相当な生活水準・健康を享受する権利・労働基本権を含む「社会権規約」とを批准しました。

ビジネスと人権に関する指導原則

 国連のアナン事務総長の命を受けたジョン・ラギー博士による企業と人権に関する調査報告「ラギー・レポート」が2008年に発表されました。その中で「国家は人権を保護する義務」があり、「企業は人権を尊重する責任」があり、「被害者は法的及び非法的に救済されねばならぬ」の3つの枠組みを明示しました。これは、2011年に「国連ビジネスと人権に関する指導原則」として決定され、2015年のG7、G20首脳会議で強く支持され、普及のための「ビジネスと人権に関する国別行動計画」の策定が決議されました。この指導原則は2014年国連人権理事会で取り上げられ、具体的で拘束力のある条約文書の策定作業が開始されました。
 また、経済協力開発機構(OECD)は2011年に指導原則を「OECD多国籍企業行動指針」の中に取り込みました。

人権デューデリジェンス

 2020年6月に発表された前記条約文2次草案には、国境を超えたものを含む事業活動を行うすべての人々が「人権デューデリジェンス」を実施するべきことが記載されています。「人権デューデリジェンス」とはサプライチェーンの各段階での人権侵害リスクを調査・評価して予防措置を講じることですが、「人権侵害」自体が外部からは判り難く、労働環境や職場の人間関係を調べる必要があるので簡単なことではありません。それでも、サプライチェーン上での人権問題は消費者の不買運動や投資家の資金引き上げを招いて事業の継続を危うくするので、EUとEU各国は国連指導原則の条約化を待たずに人権デュ―デリジェンスの法制化を進めています。

日本の取組みと今後の課題

 日本政府は2020年10月に「ビジネスと人権に関する行動計画」を発表し、その中で、①「ビジネスと人権」に関する啓発活動を行い、理解と意識向上を図り、②「働き甲斐のある仕事」を推進し、ハラスメントや差別労働をなくすための法整備を進め、③人権デューデリジェンスについては「企業が積極的に導入することを期待する」としています。この中で、「働き甲斐のある仕事」に関する法令が「働き方改革」として矢継ぎ早に施行されていますので、社内制度の点検・見直しを急ぐ必要があります。人権デューデリジェンスについては、まずは原材料・部品のサプライチェーンを明確にして、コミュニケーションプロセスを築くことが重要です。海外の供給者については取扱商社やコンサルタントの協力を仰ぐことも有効でしょう。
 近年発生した主な人権侵害の一例を付表に示しました。これ以外の事例も含めて企業はどのように対応したのかを知ることも重要です。