連載(76)人権・環境デューデリジェンス

2022/10/21Intertek News(78号)

環境主任審査員 郷古 宣昭 Nobuaki Goko

 前回は「国連ビジネスと人権に関する指導原則」の条約草案の中で、事業活動を行う人は人権「デューデリジェンス」(以後「DD」と略す)を実施すべきこと、「人権DD」とは行動を起こす前に人権侵害リスクを調査・評価し、予防措置を講ずることであることを述べました。今回は人権DD実施の義務化の動向について解説します。

欧州先進国の人権DD

⑴英国、フランス、オランダの人権DD
 英国は「現代奴隷法」(2015年)、フランスは「企業注意義務法」(2017年)、オランダは「児童労働DD法」(2019年)を制定しました。いずれも一定規模以上の企業に対してサプライチェーン上の組織の人権DD実施とその結果の開示を義務付けています。
 ILO(国際労働機関)による現代奴隷制推計(2018年)では世界で児童労働に1億6000万人、強制労働に2500万人が従事しており、英国は人身取引に、オランダは児童労働に焦点を当てて取り組んでいます。フランスはサプライチェーン上での人権・環境リスクを幅広く集めてDDを実施しています。
⑵ドイツの人権DD
 「サプライチェーンDD法」を2023年施行予定で、人権戦略の経営戦略への取り込み、自社及び直接取引の企業を対象に人に有害な環境汚染問題を含む人権DDの実施によるリスクの解消・低減、被害者救済、苦情処理、取り組み結果の公表を義務付けています。

EU企業持続可能性DD指令案

 2022年2月欧州委員会はEU域内の一定規模以上の企業に対してサプライチェーン上での人権及び環境に関するDDの実施を義務化する指令案を発表しました。

⑴DDのプロセスが以下のように提示されています。
  • ①DD実施を企業の経営方針に組み込む
  • ②自組織及びサプライチェーン上の組織の人権・環境への実在又は潜在する負の影響を特定し、評価する
  • ③是正又は軽減する措置を講ずる
  • ④苦情受付処置システムを設置する
  • ⑤DD方針と措置の有効性を監視する
  • ⑥DDの実施、措置、結果を公表する

⑵この指令案には以下のような特徴があります。
  • ①センシティブな業種として繊維・皮革、農・林・漁業、鉱業を指定し、小規模企業にもDD実施を要求している
  • ②利害関係者、特に労働組合が関与する権利を保障している
  • ③企業の違反・不作為には罰則がある
  • ④対象となる人権リスクは強制労働、児童労働、ジェンダーの平等を含む均等な賃金・機会、ライフ・ワークバランス、基本的人権、労働基本権、労働安全衛生、障がい者雇用等

日本の企業への影響

 この指令案でDD実施義務が生ずるのはEU域内の企業に限らず、サプライチェーン上で取引がある日本の企業にも実施義務が及びます。その際、DD実施は日本の企業内部に留まらず、更に上流の金属資源や木材資源関連企業にも及ぶ可能性があります。納品先の欧州企業とよく話し合うことが重要です。
 さて、日本の人権DDの法制化はどうでしょうか。2020年10月に漸く提出された国の行動計画には「日本企業の人権DDプロセスの導入を期待する」と記載があるもののDD実施の法制化は遅れそうです。
 サプライチェーンの最先端では鉱物掘削や森林伐採、近年は巨大農場経営や海産物の乱獲による環境・生態系の破壊、さらには強制労動や児童労働についても報告されています。人権問題は被害者に苦痛を与えている点からも厳しく批判され、企業のブランド価値を毀損するだけでなく、不買運動や投資金の引き上げを招き、事業の存続が立ち行かなくなります。
 DDは問題が発生する兆候を捉えて破滅的状態に至る前に処置するプロセスです。環境・人権DDは義務化云々以前に、国境を超えてモノを取り扱う事業者にとっては不可避のプロセスです。