連載(83) ウェルビーイング(1)-ものの豊かさから心の豊かさへ

2024/07/19Intertek News(85号)

環境主任審査員 郷古 宣昭 Nobuaki Goko

「ウェルビーイング」 とは何か

 近年、ウェルビーイング(Well-being)が注目されていますが、この言葉は1946年に採択された世界保健機関(WHO)憲章の中で「健康」の定義として使われ、「肉体的、精神的、社会的に満たされた状態」を意味します。しばしば「健康、幸せ、福祉」と訳され、特に「幸福追求」が強調されています。

何故「幸福追求」 か

 元来、日本国憲法13条には「幸福追求権」が謳われていて、「すべての国民は個人として尊重され、生命・自由及び幸福追求に対する国民の権利については最大の尊重を必要とする」としています。
 国際社会では、2012年に国連が経済指標 GDP(Gross Domestic Product:国内総生産)だけでは幸福度は反映されないとして、ブータン王国の提唱を受け入れて、150か国を調査対象とした「世界幸福度報告」を初めて発行しました。調査は各国1000人規模の対象者が自らの幸福満足度を評価する主観的評価としてまとめられ、国別ランキングが公表されています。日本は2021年56位、2022年54位、最新の2023年版でも51位と低迷しています。子供・若者においても同様で、2020年に発表された国連児童基金(ユニセフ)の先進38か国の子供の幸福度調査では「身体的健康」で日本が1位でしたが、「精神的幸福度」ではワースト2位の低い結果でした。多くの国が生活満足度を年々上げている中で、日本が大人も子供もウェルビーイングが低迷している原因は何かを究明し、早急に改善する必要があります。

GDP至上主義からの脱却

 2010年に政府はGDP至上主義からの脱却を目指して「幸福度に関する研究会」を設置したものの、翌年に発生した東日本大震災の対応に追われて政策決定に至らず、結局、アベノミクスによるGDP成長路線が重視されることになりました。
 2011年にOECD(経済協力開発機構)が「より良い暮らし指標(BLI:Better Life Index)」を作成すると、欧州各国で経済社会政策の中にBLIを取り込む動きが続出しました。日本でも2021年「日本Well-being計画推進特命委員会」が設立され、2023年5月にはウェルビーイングに関する取り組み成果と提言(第6次)が公表され、その中でGDPに代わる指標として GDW(Gross Domestic Well-being:国内総充実)が発表され、これによる都道府県別評価が記載されました。

ポストSDGs

 2030年を目標達成年次とする持続可能な開発目標(SDGs:Sustainable Development Goals)が2015年に採択され、その3番目の目標に「すべての人々の健康の確保と福祉の促進」を掲げています。この日本語訳「福祉」は原文ではwell-beingですので、すべての人のウェルビーイングが達成目標に位置付けられていることになります。そして、コロナウイルスの感染が世界的に広がると、国際社会が協調して人々の健康を守る重要性に気づいたWHOは、ウェルビーイングはSDGsの目標の一つではなく、SDGsの中央に据えるべきとする討議資料を発行しました。
 そもそもSDGsは将来世代の開発に備えて負の遺産を作らないことに主眼がありましたが、SDGsの目標達成後は誰もが心身健康で幸福を感じる世界に向けて正の遺産を積み上げる WDGs(Well-being Development Goals)に移行すべきとする提案が出ています。

 次回は「ウェルビーイング経営」について解説します。